それって本当に必要?毎日をシンプルに生きたい人に贈る禅の言葉

それって本当に必要?毎日をシンプルに生きるために

それって本当に必要?毎日をシンプルに生きたい人に贈る禅の言葉

節制を突き詰めていくと、数字では表せない精神的なものを感じるときがあります。

物への執着をなくそうと努力し、さらに捨てるということを続けていると自分にとって本当に大切にしなければいけないことは何なのか、考えさせられることが増えます。

そんなときは「禅」の本を読んでみましょう。禅への理解が深まります。

今回はそんな「禅」の世界から、シンプルに暮らすために役立つことばを紹介します。

「山は是山、水は是水」
禅の考え方に「山は是山、水は是水」があります。つまり山は山として、水は水としてその本分をまっとうしているのです。
ひるがえって私たちの生活はどうでしょうか。ありのままの自分の姿を信じられず、「他人からよく見られたい」「周りにすごいと思ってもらいたい」とブランド品や分不相応な物を身に着け、それが自分の価値だと思い込むことは本当に必要なことなのでしょうか。

ただ禅には「煩悩即菩提(ぼうんのうそくぼだい)y」という考え方もあります。
つまり、煩悩と呼ばれる三毒(貪欲、怒り、愚かさ)は誰にでもあります。
自分の煩悩を理解し、これはいけないことだと思う心が「菩提」いわゆる「悟り」の入り口だということです。

放下著(ほうげじゃく)

禅の放下著(ほうげじゃく)という考え方は、「放下」つまり放り出すという意味で「著」は「放下」の意味を強めるために使われています。つまり、「煩悩妄想はもちろん、仏や悟りを追い求める心までも捨て去りなさい、すべての執着を投げ捨てなさい」という意味です。
すなわち「すべての欲求、要求を一瞬にして忘却し、自分を開放しなさい」ということで自分の限界は、我を忘れた無我の行為によって超えることができると説いています。確かに事を成したり、オリンピックで金メダルを取るような人の私生活を見てみると、この境地と同じものを感じられます。
まさに「何かを得るためには何かを捨てなければいけない」とはこのことなのですね。

日日是好日(にちにちこれこうじつ)

本当に自分にとって大切なことがわかると、人生の儚さを感じる時があります。

人間の人生など地球の歴史から考えれば打ち上げ花火のようなものです。

だからこそ、1分1秒を大切に生きていかねれけばいけません。

禅でいう日日是好日(にちにちこれこうじつ)です。

つまりすべての日が、一度しかない大切な日であるという考え方です。

雨の日も快晴の日も嵐の日も、さらに日常の問題、悩みで苦しむ日。
しかし今日という日は、一生のうちで一度しかありません。
二度とおとずれることのない24時間なのです。

よって今日1日、1分1秒を大切にし、主体的に生きようと心がけが充実した人生への一歩ではないでしょうか。

真玉泥中に異なり(しんぎょくでいちゅうにいなり)

よく今の環境を嘆いてる人がいます。

環境が変わればもっと頑張れると言いますが、果たして本当にそうなのでしょうか?

仕事でもそうです。今の環境を変えればもっと良くなると思って転職する人がいますが、

このケースで何かが変わった人をこれまで見たことがありません。

禅には真玉泥中に異なり(しんぎょくでいちゅうにいなり)という言葉があります。

つまり真の玉は泥の中にあっても異彩を放つということです。

本物はどこにいても本物なのです。本物であれば輝かない場所はありません。

もし今の不遇を嘆いているのであれば、与えられた環境で異彩を放てるように考えを改めてみましょう。

あなたが変わらなければ、環境を変えても、何も変わりません。

百尺竿顔に一歩進む(ひゃくしゃくかんとうに

百尺はおよそ30メートルですが、この長い竿からさらに踏み出しなさいということです。

もっといえば限界から一歩踏み出す勇気を持ちなさい、という教えです。

そういえば以前高橋尚子さんも腹筋50回はしんどい。でも50回終えてもさらにあと10回。

しんどくなってからのもう10回が大切だという話をされていました。

個人の概念で作られた「限界」を超えることで人は成長していきます。

すべての1日が精一杯頑張ったという1年にしたい

 

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